「うつにならない」と言い聞かせて…

「私はうつにならない」と言い聞かせて…

16年間人生を共にした愛犬、サルは、5月の末にこの世を去りました。当初、泣きまくり思いっきり悲しみに浸りました。

それ以来、目まぐるしく様々なことがあり、悲しみに浸っている時間がないほどに忙しい日々を過ごしていきました。新しい街へ引っ越ししたり、主人が解雇され、サルが去った当初でもあったので思いっきって二人でハワイへバケーションへ出かけたり、5日間のザ・ワーク・サマーキャンプをシアトル郊外で開催したり、東京で初めてワークショップを開催したり…。これらの忙しい日々を自分なりにうまくこなしていると思っていました。

しかし、9月の半ば頃だったでしょうか…。なんとなく、自分の中でバランスが取れていないような気がしてきたのです。簡単に表現するとうつに似た気分になってきました。最初は閉経期が近づいていてホルモンのバランスが良くないのかな?と思いました。「大したことはない。大丈夫…」と自分に言い聞かせて。しかし、現実には、どんどんうつのような気分になり、一日中ベッドで本を読んだりパジャマのままで過ごしたりする日が続き、何もやる気が起きない自分を無視することができなくなりました。ワークをしていても何か心からワークをしていないような、自分に正直になってワークをしていない、そのような気分が続きました。

ベッドでうだうだしているときに、ふっと、もしかしたら私は未だにサルがいなくなったことを悲しんでいるのかもしれない、と思ったこともあったのですが、そう思った瞬間に「あー、マインドが落ち込む理由を作り上げているんだ。」と即否定。その他、いろいろなストレスとなる考えが自分の中で芽生えていることに気が付いたのですが、「私にはワークがあるのだから、うつになんてならない。大丈夫。」と自分に言い聞かせました。

強烈な悲しみが襲ってきました

先月、引っ越しする前によく通っていた、マッサージの先生のところへ久しぶりに行ってみることにしました。馴染みのある街をドライブして、昔サルとよくここら辺を散歩したな、とぼんやりと思い出していたら急に泣きたくなりました。溢れ出てくる悲しみを抑えることができないほどの強烈な悲しみが襲ってきました。即車を止めてしばらく号泣。サルへの悲しみはとっくに自分の中で処理できていると思っていたので、この体験には強い衝撃を受けました。

その夜から、自分は「悲しい」という感情を押し殺していたことに気づきました。忙しいからということを理由に、無意識のうちに感情をコントロールしようとしていました。「悲しい」とか「うつっぽい」と思ったら、それらの思いを書き出してワークをするのではなく、「そんなことはない。自分は二度とうつにはならない。」と言い聞かせました。

しかし、現実には「悲しい」という感情が自分の中で頻繁に湧き上がっていて鬱な状態に陥っていたのです。その証拠に、気力が全くなくなりベッドに横になる日々が続きました。「悲しい」とか「うつっぽい」という感情や考えを信じないようにコントロールしようとして、実際は信じていたわけです。それが、明らかに行動や気分に表れました。

「悲しみ」なくしては「喜び」は存在しない

この体験でもう一つ気が付いたことは、悲しみや暗い気分を押し殺そうと努力して、同時に感謝や喜びの気持ちも押し殺してしまっていたのです。喜びや感謝の気持ちは、悲しみや暗い気持ちを無視しては存在しないのだ、ということに気がづきました。ジェフ・フォスターの本、『もっとも深いところで、すでに受け容れられている』の本にも、バランスについて触れている箇所がありました。感情をコントロールしようとすると、喜びの感情も感じることができなくなるのです。悲しみたくないがために、「悲しい」と感じたら心を閉ざし、同時に喜びへも心を閉ざしていたのです。

そのことに気が付いてからは、毎日1人で静かにメディテーションする時間をもち、その時その時に体験する感情を優しく包み込むようにそっと見届けるプラクティスをしています。泣きたい、と思ったら素直に泣き、怒りを感じたらじっとその感情と一緒にいてあげる。まるで自分の親友と一緒にいるように。そうすることの大切さを忘れていたようです。

 

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