アルツハイマーの母

アルツハイマーの母

父が他界したのは、2008年10月19日。その数か月後に、兄から母の状態がちょっと変だと連絡がありました。医者に連れて行ったところ、初期段階にも入らない、まったく初期の初期のアルツハイマーでその時には、まだ何の心配もいらないということでした。

アルツハイマーが進行している…

2015年の秋に里帰りしたとき、かなり台所が汚い状態だったり、賞味期限が切れている食べ物が冷蔵庫にたくさんあったり、と「あっ、少し状況が進んでいるかな?」と感じることが多々ありましたが、母は相変わらずゲートボールの練習やら試合やら老人会の集まりやらに出かける忙しい日々を送っていました。母の通うアルツハイマーのクリニックに一緒について行ったとき、初期段階から中期段階へ移りつつある、というお話をいただきました。そして、ここ7年ほどは進行状態がかつて例のないほどに遅いという良いお話をいただきましたが、これからは同じペースで進行していくとは限らない、ということでした。数か月中に中期段階の真っただ中に入ることもあるし、中期から後期段階に入ったら死を覚悟してほしい、とはっきりと言われました。

私の名前は?

毎週、週一で電話するのですが、ここ数か月ほど電話をかけるとすぐに切ろうとするのです。「いつこっち来るの?待ってるよ。じゃね。」という具合です。様子がおかしいと感じ、思い切って「ママ、私が誰だかわかる?私の名前言える?」と聞くと、「もちろん!分かってるわよ!失礼ね!」というのですが、私の名前を言わないのです。しばらく、「じゃあ、言ってみて。私の名前は?」と繰り返し聞いたらやっと思い出してくれました。

思わず怒りを感じて戸惑う私

電話を切って、しばらく今自分が体験したことを頭の中で繰り返し再現してみました。最初のリアクションは、ショック!と同時に「とうとう来たか…。」という残念な気持ち。そして、怒りも感じました。その時、「不公平だ!」「まだ私には時間が必要」「ママはこのまま逃げていくなんてずるい」「無責任だ」「もう二度と母親としての責任を取る必要がない!」などの考え(ビリーフ)を信じている自分に気が付きました。正直、ここ数年間母親との過去についてずっとワークをしてきたのに、いまだにこのような考えがあることに戸惑いを感じました。いまだに母の過去に対して怒りを感じている自分がいたのです。

自分の怒りをワークシートに書く

そこで、母が私の名前を言えなかった時を状況にジャッジメント・ワークシートを書き、ワークをし始めました。ワークシートのNo. 1のビリーフ「もう二度と母親としての責任を取る必要がない」をワークして気が付いたことがいくつかあります。

置き換えで気が付いたこと

自分への置き換えで「私はもう二度と自分の責任を取る必要がない」の例は、電話で母親が私の名前を言えなかった瞬間に母を批判し、まだ解決していない問題が二人の間にあるのに、アルツハイマーだからと言って責任逃れをしている、と頭の中で母を責めました。私の姿勢がまさに「私はもう二度と自分の責任を取る必要がない」と物語っていたのです。つまり、母に責任を負わせようと必死で、自分では責任を取る必要がないと信じ切っていたのです。

相手への置き換えで「私はもう二度と母の責任を取る必要がない」の例は、電話で母と話していたとき、自分の心の痛みで頭が一杯で、母の恐怖心や心配などを気にする余地など自分の中にまったくなかったことに気が付きました。

反対の置き換えで「もう二度と母親としての責任を取る必要がない」という意味がポジティブだった場合、どのような例が思い浮かぶか考えてみました。ありきたりの例として、自分の人生は自分の責任で、母の責任ではないからというのが頭の中に浮かびました。しかし、そう自分に言ってみたところ、心から本当にそう思っていないと感じました。まるでこれが『正しい例=こう言うべき例』だから、言っていると感じました。

私の母は最悪

反対の置き換えで「もう二度と母親としての責任を取る必要がない」という意味がネガティブだった場合、「私の母は最悪の母親だ」というストーリーを小さいころから信じて生きていたので、そのストーリー(=アイデンティティ)を手放すことに自分が恐怖心を抱いたことに気が付きました。「私の母親は最悪」のストーリーを手放すと、本当に母親を失ってしまう…、無意識にそう思ったのかもしれません。たとえ、ビリーフが『最悪の母』だったとしても、そのビリーフと私はつながっていたのです。本当の実際の母とつながっていたわけではありませんが、それでも私にとってはとても大切なつながりだったのです。

まだ解決していない問題が私たち二人の間にある、という考えを信じていました。母が本当に心から自分の過去について私に謝ってくれたら、そしたら私は晴れて自由になれると心のどこかでいまだに信じていたのです。

ワークをしてわかったこと

ワークをして、まだ解決していない問題が私たち二人の間にあるのではなく、まだ解決していない問題が自分自身の中にあるのだということに気が付きました。その解決していない問題とは、自分が母親の過去に対していまだに怒りを感じ、混乱し、恐怖心を感じ、時には孤独を感じているのだ、というその事実をしっかりと自分自身の中で受け止めることを自分にしてあげていなかったのです。それが、まだ解決していない問題だったと気が付きました。

今日、また母親に電話してみます。そして、私の名前を言えないかもしれないので、先に「珠美よ。元気?」と会話を始めてみようと思っています。

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